カナンの園とは

カナンの園のねがい | カナンの園の三本の柱 | カナンの園の今日的使命
| カナンの園の概要 | カナンの園の歩み | カナンの園 組織図

カナンの園のねがい

 「私達は、神につくられた大切な一人ひとりとして生かされています」
 カナンの園はキリストの愛をもとに、障害者といわれる人々を中心として、
 全ての人が互いに尊重しつつ助け合って生きていく社会の実現をめざします。



カナンの園の三本の柱

1. 神に感謝しつつ歩む

2. 共に学び、共に育つ
[施設に合った人をつくるのではなく、その人の成長の必要に応じた環境づくりをする]

3. 連帯の輪を拡げる
[施設づくりは、枠づくりでなく、連帯し共に育ち合う家庭・地域・社会づくり]

- PageTop -


カナンの園の今日的使命

 カナンの園は創立後30年余りを経過しました。今、新たな一歩を踏み出そうとしている時、改めて、カナンの園の使命を確認する作業を行いました。
 私たちの働きの中心には、知的障害を主因とした支援が必要な人たちがいます。そのような人たち一人ひとりの願っている暮らしを実現するためには、年齢、環境、人生経験に即応した支援が必要であると考えます。なかでも多様で重層的な支援を必要としている人たち、福祉施策の狭間にいる人たち、訴える声が小さい人たちを大切にします。
 私たちは、提供するサービスの向上を目指すと共に、地域社会に働きかけ連携しつつ、一人ひとりの必要を満たしていくことを使命として歩んでいきます。

  1. 私たちは支援を必要とする人たちの求めに応えます。
  2. 私たちは全ての人が互いに尊重し合う、暮らしやすい地域社会の実現を目指します。

  • 私たちは利用者自身が望む、人生のそれぞれの段階に応じた支援を行います。
  • 私たちは支援度の高い人たち、立場の弱い人たちを大切にします。
  • 私たちは多様な社会資源と連携協調し、援助活動を推進します。

- PageTop -


カナンの園の概要

 カナンの園は、知的障害をもつ子どもたちがそのもてる力を十分に発揮し、人間として尊重される環境を作ることを目的に、1972年11月に設立されました。

 カナンの園は、子どもたちの成長発達を保障していくためには、「生活・教育・労働」の三つの環境が整備されることが必要であると考え、活動してきました。 社会福祉法人で児童期から成人期に至る生活の場、並びに日中活動と就労の場を、学校法人で青年期教育の場を整備してきました。 現在、児童施設(入所)、成人更生施設(入所)、授産施設(通所、2ヶ所)、福祉工場、福祉ホーム、グループホーム(9ヶ所)、養護学校を運営しています。

 そして利用契約制度(支援費制度)がスタートした今日、カナンの園の活動は、一人ひとりがその人らしく、地域社会の中で当たり前に生きていけるような環境を整えていくことを大きなテーマとして取り組んでいます。

- PageTop -

カナンの園の歩み

 カナンの園の設立以来、上記のような施設整備が進められてきました。 それぞれの「生活・教育・労働」の場は一ヶ所に集中することなく、一つ一つが小さく地域社会の中に分散されています。 このような整備が実現した背景には多くの方々の支援があり、関係する皆が一人ひとりの必要に応えようと努め、協力してきた結実だと思います。

 以下に、施設整備の経過を簡単に述べます。

教育について
 奥中山学園開設当初から、障害の程度にかかわらず、子どもたちは全員奥中山小・中学校に通いました。 それまで就学猶予・免除となっていた子どもたちも通学し始め、当初は障害をもたない子どもたちとのギャップがありましたが、次第に互いのふれあいは自然なものになっていきました。

 この教育体制は望ましい形と思われましたが継続されず、養護学校義務化(1979年)を機に、奥中山にも養護学校の分校が設置され、現在に至っています。 普通学校でのふれあいの実績が評価され、当初から「交流教育」が盛んに行われ、今ではそれが定着しています。 養護学校と小学校、中学校それぞれとの合同の「運動会」「体育祭」などはその一例です。

 一方には義務教育を終えた子どもたちがおり、奥中山学園内の「私設の高等部」で学んでいました。 施設処遇の一環として行われていた取り組みを、公的な学校教育にするために、1978年に学校法人を設立し、三愛学舎養護(高等)学校を開校しました。

 当初は3年間の教育でした。 しかし、社会人となった卒業生の実態をつぶさに検討する中で、社会性や内面形成を充実させる必要性から、1996年、2年間の専攻科を開設し、本科(3年)、専攻科(2年)合計5年間の青年教育の場としています。

生活について
 カナンの園開設当初から、「施設は終生の場ではない。 可能な限り家庭に帰ること、社会の中で生活すること。」と願っていました。

 年毎に卒業・卒園していく子どもたちもいましたが、様々な事情で18歳をすぎる人たちも増えていました。 また、新たな入園希望に応える必要もありました。 そこで無認可の「生活寮」を始め(1978年)つつ、成人施設の開設準備を行い、1980年、「小さき群の里」が開設されました。

 「生活寮」は所期の使命を終えましたが、その後、就職者の生活の場として利用され、1988年には福祉ホーム「若木寮」へと移行しました。

 一方で、就労や社会適応を推進し、多くの方々が卒園していきましたが、他方、その結果、小さき群の里には障害の重い人たちの割合が多くなってきました。 しかし、その方々に対して、大人数の集団生活ではなく、少人数の暮らしを追求してきました。 生活訓練や自活訓練を試行するうちに、保護者会で生活訓練棟「あゆみ」を建設し(1987年)、提供しました。

 また、児童施設「奥中山学園」においても、児童期の成長に欠かせない「安心のある生活」を願い、同様の環境整備をしてきました。 小舎「こかげ」(1991年)、「ハンナ」(1996年)は、そのような少人数で暮らす場となっています。

 さらに、地域で生活する人たちのためにはグループホームがあり、奥中山地域に8棟、盛岡地域に1棟が整備されています。

労働について
 これまでカナンの園を離れて一般事業所に就労した人は60名程います。

 しかし、一般企業だけではなく、障害の実態に応じた働く場を確保したいと考え、1982年、「有限会社カナン牧場」を設立しました。 他方、成人施設「小さき群の里」では生活に密着した農場、羊毛加工(縫工科)などに取り組み、食品加工科では、「おやつ作り」を発展させて「せんべい」が製品化されたりしてきました。 また、食品加工科の「パン作り」が「カナン牧場パン部門」に発展していきました。

 三愛学舎に盛岡から通学する生徒たちや、施設を利用している人の中で、盛岡地域出身者の中から、学校卒業後の働く場の必要が提案され、1992年に「通所授産施設ヒソプ工房」が開設されました。 同時に「奥中山地域作業所」(1988年開設)は「ヒソプ工房奥中山分場」に改組されました。 また、カナン牧場は一層の雇用拡大を図るため、1998年6月、30名雇用の「福祉工場」へ移行しました。

 また、2000年4月には、「ヒソプ工房奥中山分場」と「第二次奥中山地域作業所」(1992年開設)を統合し、「通所授産施設シャローム」を開設しました。 さらに、同年10月には「シャローム分場…リサイクルセンター」を開設し、多様な労働の場の整備に努めてきました。

 利用契約制度の時代を迎え、地域療育等支援事業や短期入所事業、ホームヘルプ事業等の事業を展開しながら、カナンの園の願いや使命に基づき、施設支援、在宅支援ともに、「生活・教育・労働」の場に多くの選択肢を用意するよう励みたいと思います。

- PageTop -

カナンの園 組織図













└─────────
「生活・教育・労働」の体系

























機能

その他の事業
● 短期入所事業
● 居住介護事業
● 行動援護護事業
● 日中一時支援護事業

- PageTop -

- Top -

Top Page